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オートチューンがダサいと感じる人が見落としがちな、生の歌声を守る判断基準

オートチューン ダサいの解説イメージ

イヤホンで音楽を聴いていて、ふとした瞬間に「これ、声が機械っぽいな」と感じることがあります。オートチューンで補正された歌声に対して、なんとなく違和感を覚える。

でも、その違和感の正体をうまく言葉にできない。そんな経験をしたことがある人は、少なくないはずです。

オートチューンを使った音楽が増えている今、「ダサい」「生の歌声じゃない」という意見を目にする機会も増えました。

この記事では、オートチューンに対するモヤモヤした感覚の正体と、それを判断するための基準について書きました。技術そのものを否定するのではなく、使い方を見極める視点を持つことが大事だと考えています。

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目次

オートチューンがダサいと言われるようになった、音楽ファンの感覚の変化

オートチューンがダサいと言われるようになった、音楽ファンの感覚の変化
音無し

オートチューン自体は昔からありますよね。なんで最近になって「ダサい」って言われるようになったんですか?

コーチ

それはね、使われる頻度と使い方が変わってきたからだよ

音楽制作の現場でオートチューンが一般化したのは、1998年のCherの「Believe」がブームの第一波と言われています。2001年のDaft Punkの2ndアルバムが第二波。当時は「新しい表現手段」として受け入れられていました。

でも、技術が普及して誰でも使えるようになると、状況は変わってきます。

「完璧すぎる」ことへの違和感が生まれている

オートチューンで補正された音声は、音程のズレがほぼゼロになります。人間の歌声から「揺らぎ」が消える。この揺らぎこそが、実は歌の表現力や感情の伝わり方に大きく影響していました。

完璧に音程が合っている歌声を聴き続けていると、耳が慣れてしまいます。そして、ある日ふと「これ、全部同じに聞こえるな」と気づく瞬間が来る。

  • 音程のズレがゼロだと、歌い手の個性が見えにくくなる
  • 揺らぎがないと、感情の起伏が伝わりにくい
  • 完璧すぎる音が、かえって「不自然」に聞こえる

技術が進化して、誰でも完璧な音程で歌えるようになった。でも、完璧であることが必ずしも「良い音楽」とイコールではないんです。

生の歌声には、音程が少しズレる瞬間があります。声が震える瞬間がある。息継ぎの音も聞こえる。そういう「不完全さ」が、逆に人間らしさとして感じられるようになってきました。

飽和とマンネリが、否定的な評価を生んでいる

オートチューンを使った楽曲が増えすぎたことも、ダサいと言われる理由の一つです。

2000年代後半から、ヒップホップやポップスを中心に、オートチューンを使った楽曲が急増しました。

最初は新鮮に聞こえた音も、毎日のように聴いているうちに「またこの音か」という感覚になってくる。

音無し

Perfumeみたいなロボ声も、最初は面白かったのに…

コーチ

そう、聞き飽きるんだよね。どんなに良い表現でも、同じものばかりだと飽きる

音楽業界では、一度流行した手法はすぐに模倣されます。オートチューンも例外ではなく、成功した楽曲のサウンドを真似る動きが広がりました。

その結果、似たような音が溢れることになった。

  • 楽曲の急増
  • 成功例の模倣
  • 似た音の飽和
  • 刺激の減少

飽和した表現は、どうしてもマンネリ化します。

聴き手が新しい音を求めるのは自然な流れで、過度に使われたオートチューンに対して「もういいよ」という反応が出てくるわけです。

これは、技術そのものの問題というより、使われ方の問題だと思います。

Perfumeサウンドも、ガールズポップのお約束として定着した一方で、同じような音作りが増えすぎて「テンプレ化」したと感じる人が出てきました。

オートチューンを使っても、楽曲の魅力が上がらない理由

オートチューンを使っても、楽曲の魅力が上がらない理由

技術を使えば曲が良くなる、というわけではありません。むしろ、技術に頼りすぎると逆効果になることがあります。

音程補正は表現の手段であり、曲の良し悪しを変えるものではない

オートチューンは、音程を補正する技術です。でも、音程が合っているだけでは良い曲にはなりません。

楽曲の魅力は、メロディ、歌詞、アレンジ、歌い手の表現力など、複数の要素が組み合わさって生まれます。オートチューンは、そのうちの「音程」という一要素を整えるだけ。他の要素が弱ければ、いくら音程を補正しても曲の魅力は上がらないんです。

例えば、メロディが平凡で歌詞も響かない楽曲に、オートチューンをかけたとします。音程は完璧になりますが、それで曲が良くなるわけではない。むしろ、補正された音の「人工感」が目立って、曲の弱さが際立つこともあります。

  • オートチューンは音程だけを補正する技術
  • 曲の構成や歌詞の質は変わらない
  • 表現力不足を補正では埋められない

技術はあくまで手段です。それを使って何を表現するかが重要。手段に頼りすぎると、表現そのものが薄くなってしまいます。

生歌唱力がないことを隠す使い方が、聴き手に見抜かれている

オートチューンを「歌唱力の補助」として使う場合、聴き手はそれを敏感に感じ取ります。

歌が上手い人がオートチューンを使うのと、歌が苦手な人がオートチューンで補正するのでは、結果として出てくる音が違います。

元々の歌唱力がある人は、オートチューンをかけても表現力が残る。

でも、歌唱力が足りない人が補正に頼ると、音程は合っているのに「何も伝わらない」音になってしまうんです。

  • 音程だけ合わせても不自然
  • 抑揚や感情が消える
  • 声の個性が失われる
  • 息遣いが平坦になる

こうした違いは、音楽に詳しくない人でも無意識に感じ取れるもの。技術で補正できるのは音程までで、歌い手の内面から出る表現までは作れないということでしょう。

「オートチューン環境以外で歌えるのか」という疑問を持たれる

スタジオでオートチューンを使って録音した音源は、ライブで再現できるかどうかが問われます。

ライブでも同じようにオートチューンをかけていれば、音源と同じ音になります。でも、それを聴いた観客の中には「生の歌声が聴きたかったのに」と感じる人もいる。逆に、ライブで生歌にすると、音源との違いが大きすぎて違和感を覚える人も出てきます。

音無し

ライブで生歌が下手だと、録音は補正してたんだなって分かっちゃいますよね

コーチ

そこで「やっぱり」って思われると、信頼が下がるんだよ

技術で補正した音と、生の歌声のギャップが大きいと、聴き手は「騙された」とまでは言わなくても、少し残念な気持ちになります。それが積み重なると、オートチューンに対する否定的な印象が強くなっていく。

やっつけで使われた曲は、歌詞も聞き取りにくくなる

オートチューンを雑にかけると、歌詞が聞き取りにくくなることがあります。

音程補正をかけると、声の自然な抑揚が均されます。抑揚がなくなると、言葉の切れ目や強弱が不明瞭になり、何を歌っているのか分からなくなる。特に、日本語は抑揚で意味が変わる言語なので、オートチューンの影響を受けやすいんです。

  • 補正で抑揚が消えると、歌詞の意味が伝わりにくい
  • 言葉の切れ目が不明瞭になり、聞き取りづらくなる
  • 日本語特有のイントネーションが失われる

やっつけで作られた曲は、こうした細かい調整が甘いことが多いです。結果として、オートチューンが「手抜き」の象徴のように見えてしまう。

オートチューンがダサいか否かを判断する、3つの基準

オートチューンがダサいか否かを判断する、3つの基準
音無し

じゃあ、どうやって「これはアリ」「これはナシ」を見極めればいいんですか?

コーチ

3つのポイントで見ていくといいよ。技術じゃなくて、使い方の話

オートチューンを使った楽曲が「ダサい」かどうかは、技術そのものではなく、その使い方に音楽的な理由があるかで判断できます。

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音楽的必然性ありトレンド追従のみ楽曲クオリティ高楽曲クオリティ低
オートチューン使用
条件付き
ライブ整合性
総合評価アリ微妙アリナシ

音楽的必然性があるか、トレンドに乗っただけかを見極める

オートチューンを使う理由が、その楽曲の表現として必然的かどうかが、最初の判断基準です。

例えば、未来的な世界観を表現するために、意図的にロボット風の声にする。感情を抑えたクールな雰囲気を出すために、声の揺らぎを消す。こうした使い方には、音楽的な理由があります。聴き手も「この曲だからこの音なんだ」と納得できる。

一方で、特に理由がないのに「今っぽい音だから」という理由だけでオートチューンを使っている楽曲もあります。曲の世界観とオートチューンの音が合っていない。そういう楽曲は、聴いていて違和感が残ります。

  • 曲の世界観とオートチューンの音が一致しているか
  • 他の表現手段ではなく、オートチューンである理由があるか
  • アーティストの意図が音から伝わってくるか

必然性があるかどうかは、曲全体を聴いて判断します。オートチューンの音が曲に溶け込んでいれば、それは必然的な使い方だと言えます。

アーティストのライブパフォーマンスと整合性が取れているか確認する

スタジオ音源とライブ音源の整合性も、判断材料の一つになります。

オートチューンを使った音源を発表しているアーティストが、ライブでも同じ音作りをしているか。あるいは、ライブでは生歌にするとしても、その生歌に十分な歌唱力があるか。

このあたりをチェックすると、アーティストの実力と技術の使い方のバランスが見えてきます。

  • ライブでの音作り
  • 生歌の歌唱力
  • 音源との整合性
  • 表現スタイルの一貫性

ライブで生歌を披露できるアーティストは、オートチューンを「表現の一部」として使っていることが多いです。逆に、ライブでもオートチューンに頼りっぱなしだと、聴き手は「生の歌声が聴けないのか」と感じることがある。

ただ、これは一概に悪いとは言えません。最初から「オートチューンありきのアーティスト」として活動している場合、それもひとつのスタイルです。

問題は、音源とライブで極端なギャップがある場合。

そのギャップが大きいと、聴き手は不信感を抱きます。

楽曲全体のクオリティが、オートチューン使用の前提として成立しているか

最後に、曲そのもののクオリティを見ます。

オートチューンを使う前提として、楽曲自体がしっかり作り込まれているか。メロディ、歌詞、アレンジが魅力的であれば、オートチューンは「その曲をより良くする手段」として機能します。でも、曲自体が弱いと、オートチューンは「ごまかし」に見えてしまう。

音無し

つまり、曲が良ければオートチューンもアリってことですか?

コーチ

そう。曲が良くなければ、何を使ってもダメなんだよ

曲が良いかどうかの判断は人それぞれですが、少なくとも「オートチューンがなかったら聴けない曲」なのか、「オートチューンがあることでさらに良くなっている曲」なのかは、聴けば分かります。

前者の場合、オートチューンは「補助輪」として機能しているだけ。後者の場合、オートチューンは「新しい表現」として機能しています。この違いが、ダサいかどうかの分かれ道になります。

生の歌声を守るために、リスナーとして持つべき視点

技術を全否定するのではなく、使い方を評価する。そういう視点を持つことが、音楽を楽しむ上で大事だと思います。

新しい表現技術を全否定せず、使い方の巧拙で評価する

オートチューンという技術自体は、中立的なものです。包丁と同じで、使い方次第で料理が美味しくもまずくもなる。

技術を否定してしまうと、新しい表現の可能性も閉ざすことになります。1978年までYMOがKorg VC-10を使い、1979年以降Roland VP-330前期型を使って作り上げた音楽は、ヴォコーダーという技術があったからこそ生まれました。日本の中のオートチューンの文脈も、このYMOのヴォコーダー使用を意識させるものがあります。

  • 技術そのものに良し悪しはない
  • 使い方次第で音楽の幅が広がる
  • 過去の名曲も、当時の新しい技術で作られている

新しい技術が出てきたとき、それを受け入れるかどうかは個人の自由です。でも、全否定してしまうのはもったいない。まずは聴いてみて、その技術がどう使われているかを見る。その上で、自分の好みを判断する。

オートチューン使用の有無より、音楽体験の質を重視する

結局のところ、音楽を聴いて「良い」と感じるかどうかが、一番大事な判断基準です。

オートチューンが使われているかどうかよりも、その音楽が自分にとって心地よいかどうか。感情が動くかどうか。そういう体験の質を重視する方が、音楽を楽しめます。

技術の使用有無にこだわりすぎると、音楽を聴く前から「これはオートチューンだからダメ」と決めつけてしまう。それは、自分の音楽体験を狭めることになります。

聞き心地の良さを基準に、好みを明確にしていく

自分にとって「聞き心地が良い」と感じる音楽を探すことが、好みを明確にする第一歩です。

オートチューンがかかっている音楽でも、聞き心地が良ければ好きになれます。逆に、生歌でも聞き心地が悪ければ好きになれない。技術ではなく、音楽そのものの印象で判断する。

音無し

でも、何が「聞き心地が良い」のか、自分でもよく分からないんです

コーチ

最初は分からなくて当然。色々聴いて、少しずつ自分の好みが見えてくるよ

聞き心地の良さは、言葉で説明しにくい感覚です。でも、たくさんの音楽を聴いていると、「これは好き」「これはピンとこない」という感覚が積み重なっていきます。その積み重ねが、自分の好みを明確にしてくれる。

自分が老害化しないために、全体感でアリナシを判断する

「昔の音楽は良かった」「今の音楽は全部ダメ」という考え方に固まってしまうと、新しい音楽を楽しめなくなります。

技術が進化すると、音楽の作り方も変わります。それを受け入れられるかどうかが、音楽を楽しみ続けられるかの分かれ目。オートチューンに限らず、新しい表現手法が出てきたとき、それを頭ごなしに否定しないこと。

全体感で判断するというのは、曲を聴いたときの印象を大事にするということです。オートチューンが使われているかどうかではなく、その曲が自分にとって魅力的かどうか。技術の使用有無は、判断材料の一つに過ぎません。

オートチューンがダサいという議論から見えてくる、音楽の本質

オートチューンをめぐる議論は、技術の是非を超えて、音楽とは何かという問いにつながっています。

技術は手段であり、アーティストの表現意図が最優先である

オートチューンは、音楽を作るための道具の一つです。道具そのものに価値があるのではなく、それを使って何を表現するかが重要。

アーティストが「この曲にはこの音が必要だ」と判断してオートチューンを使うなら、それは表現の一部です。逆に、特に理由がないのに流行だからと使っているなら、それは手段が目的化している状態。

表現意図が明確な楽曲は、オートチューンを使っていても説得力があります。聴き手は「この音にした理由」を感じ取ることができる。そういう楽曲には、ダサいという印象は生まれにくい。

流行の終わりを宣言する動きが出てきたとき、次の表現が生まれる

2009年頃、ヒップホップのアーティストが「Death of Autotune」という曲をリリースして話題になりました。これは、オートチューンの過剰使用に対する批判として受け取られました。

こうした「流行の終わり」を宣言する動きが出てくると、次の表現が模索され始めます。オートチューンに飽きた人たちが、別の音を求めるようになる。その結果、新しい音楽のスタイルが生まれてくる。

  • 流行は必ず飽きられる
  • 飽きられたときに、新しい表現が生まれる
  • 批判も含めて、音楽シーンが動いている証拠

オートチューンがダサいという議論も、音楽シーンが動いている証拠です。技術が一般化して、それに対する反動が起きている。その反動の中から、また新しい音楽が生まれてくる。そういうサイクルが、音楽の歴史を作っているんだと思います。

よくある質問

オートチューンを使っている曲は全部ダメなんですか?

そんなことはありません。使い方次第です。楽曲の表現として必然性があれば、オートチューンも立派な表現手段になります。

オートチューンを使っているかどうか、どうやって見分けるんですか?

音程が極端に整っている、声の揺らぎがほとんどない、機械的な響きがする、といった特徴があります。ただし、最近の技術は自然に聞こえるよう進化しているので、見分けが難しい場合もあります。

生歌が下手でもオートチューンがあれば歌手になれますか?

技術的には可能ですが、表現力や歌唱力がないと、音楽として魅力的にはなりません。オートチューンは音程を補正するだけで、表現力までは補えないからです。

オートチューンを使ったアーティストで評価されている人はいますか?

います。Daft PunkやPerfumeのように、オートチューンを表現手段として確立しているアーティストは、高く評価されています。彼らの音楽では、オートチューンが曲の世界観と一体化しています。

今後もオートチューンは使われ続けますか?

使われ続けると思いますが、使い方は変化していくでしょう。過剰使用への反動もあり、より自然な補正や、別の表現手法との組み合わせが模索されていくと考えられます。

まとめ: オートチューンがダサいという感覚の正体

オートチューンがダサいと感じる理由は、技術そのものではなく、その使い方にあります。

音楽的な必然性がないまま流行に乗って使われたり、歌唱力不足を隠すためだけに使われたりすると、聴き手は違和感を覚えます。逆に、表現として必然的に使われているなら、オートチューンも立派な音楽表現の一部です。

大事なのは、技術の使用有無ではなく、その音楽が自分にとって魅力的かどうか。聞き心地が良いかどうか。そういう体験の質を基準に、音楽を楽しむ。

オートチューンをめぐる議論は、音楽とは何かという根っこの問いにつながっています。技術が進化する中で、生の歌声の価値が再認識されているのも事実です。でも、技術を全否定するのではなく、使い方を見極める視点を持つこと。それが、音楽を楽しみ続けるために必要な姿勢だと思います。

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